パソコンに初めて触れたのは、シャープのMZ-80という機種が発売された時で日本のパソコンの初期でした。MZの前にナショナルの小さなワンチップマイコンキット(KX-33)を買ってCPUの動作の勉強もしましたが、機械語ということもあり何のことやらさっぱり分かりませんでした。本格的にマイコンに興味を持ったのはこのMZが出てからでした。モノクロ画面でカナ文字でしたが、プログラムを書けば(Basic)その通りに動くのが楽しかったです。
その後、マイコン・ワープロ・パソコンと何世代か過ぎて後、織物の仕事の管理にオフコンを導入。初めて漢字が使えるようになった頃です。今から思うと、オフコンを入れるまでも無い仕事の量でしたが、それがコンピューターにより関心を持ち勉強をしてみようと思い立った良いきっかけになったかと思います。
1995年(平成7年)。東京のベッコアメというプロバイダに契約して初めてインターネットというものに触れて感動。将来はこれが日本の情報の基幹になることを確信しました。普通の電話回線で遠距離接続でしたので通話料にビクビクしながらも、それよりこの先が世界中と繋がっている事が信じられなくて世界中のホームページを見て回って楽しんでおりました。
1996年3月。それまでインターネットを見て回るばかりでした時代から「自分でホームページを持ちたい」と思い、初めてレンタルサーバーを契約。わずか35メガの容量のスペースを借りただけで月額2万円を支払っていました。 HTMLを書いてサーバーにアップするとそれがうまくブラウザで表示される、ただそれだけで驚いて嬉しくて感動をしてしまっていました。特に、掲示板などの文章そのものが変化するページは、とんでもない技術なのだろう、とても手が出せないものなのだろうと思いこんでいました。
1996年4月。ドメイン名を取得。まだまだ考え方が地域に縛られていましたので地元の呼び名をドメインにしました。今ならもっとすごいドメインを取得出来たと思うのですが、その時はまだその貴重さに気づいていなかったのです。フリーで当時公開され始めていたあこがれの掲示板を少し手直しして(自由に使っていいと公開されていたので)「たんごBBS」を始めました。当然ですが丹後(京都府北部の旧国名)地方の掲示板ですから参加者はほとんどありませんでした。
1997年5月。次第に拡がりを見せ始めたインターネットでなんとか仕事に結びつけられないのかという試行錯誤の中で、全国の友達作りのページを作ってみてはどうかと思い、それまでの掲示板の限界を覚えたので自分の思う掲示板が作りたくCGI(Perl言語)の勉強を始めました。
1998年1月。これまでと全く異なる形式の会員制のホームページが完成。密かに公開しましたが、どこから伝わったのかものすごいアクセス数で、当時借りていたサーバーが転送量に応じた課金だったため利用料がものすごい事になり、急遽、転送量無制限のレンタルサーバーに引っ越しをしました。
1998年5月には専用のドメイン名も取得。無料での提供ということもあったのでしょうが、本当に爆発的な拡がりでした。すごい「出会い系サイト」が出来てしまいました。今でこそ「出会い系」というと悪の巣窟の様に言われておりますが、当時は毎月「素晴らしい方と出会えて良かった」とか「結婚しました」とかの感謝メールがたくさん届きましたし、利用者も大企業の社員の方が多く(インターネットの環境がまだ限られていたのです)、有名人や警察の方々までもが利用をされていたのが懐かしく思い出されます。しかし、これでウェブプログラミングというのを勉強することが出来ました。
話が細かくなり過ぎましたが、その後は、ホームページ制作、レンタルサーバー事業などをして、いろいろと取り組んだ後、現在の会社のメイン事業となっている所謂コンテンツ事業へと転換をしました。
その頃、紙の本をデジタルにして読む「デジタルブック」を作ってみようとしてあまりの高額さに驚き、それなら自分で作ればと探して国内外の数社から制作ソフトを購入。でも、当時のその数社は数年単位で消滅。そんな中で技術力があり、こちらの要望をかなえてくれる出来映えのデジタルブック制作ソフト「フリッパー」が今に至っても事業として継続しているのです。
2011年に「勝手にAndroidアプリ大賞2011」というのが東京で開催され、まだスマホアプリの少なかった頃でしたから、弊社が当時作りました「ちょっと」というアプリが賞をいただきました(♪)。優秀だったからというのでは無くて、高齢の者が田舎で作ったというので、応援の気持ちをこめてお贈りいただいたのだと思い、感謝いたしております。授賞式に東京まで行きました。いい思い出です。
2017年に、興味を持っていた360度映像の面白いものが何か無いかとネットサーフィンをしていて、米国のマターポート社のサイトでインドアビューを発見。グーグルのインドアビュー以上のそれを見て感動し、すぐにその会社からカメラを購入し、翌年から正式なライセンスを得て制作する事業を始めました。